書くことについて

前書き その一

ある日、マイアミ・ビーチでの演奏のまえに中華料理を食べているとき、私はエイミに訊いた――講演会の質疑応答の際に、一度もう尋ねられたことがない質問はないか。
大勢の熱心なファンの前で、普通の人間のように片脚ずつズボンをはくようなことはしないふりを装っているとき、答えに窮する質問を浴びせられたことはないか。
エイミはひとしきり考えてから答えた。
「言葉について訊かれたことは一度もないわね」
私はこの一言に測り知れないほど多くを負っている。
じつを言うと、書くことについての本を書きたいと前々から思っていたのだが、その動機に確信が持てず、ずっと二の足を踏んでいた。
なぜ書くことついて書きたいのか。
なぜ書くに値するものがあると思っているのか。
いちばんわかりやすい答えは、私のような売れっ子の作家なら、書くことについて多少は語るに値するものを持っているだろうということだ。


キング・スティヴン『書くことについて』2013年 小学館文庫 978-4-09-408764-2